最適の選択をしなかったことは自己責任なのか。
米国株投資家のみなさんこんにちは
2018年4月17日(火)記
昨日まで、日本の雇用形態とそのリスクについて考えてきました。
新卒一括採用と、終身雇用の制度は、労働者にとっては、負担とリスクが大きく、ミスマッチを起こしやすく日本の将来の大きな障害になっているとしました。
一時の判断が「自己責任とされて一生引きずるのはどうかと思う」
大学受験の時は、その大学に受かるかどうかが大問題で、自分との相性は二の次になりがちです。
一般には数学が不得意だと、文系志望になるようです。
逆に数学ができると、自動的に理系に回ったりしますが、数学と理系学部との関係がそんなに密接なわけでもありません。
米国では経済学部は最も数学の使用頻度が高く、その理由でMITなどは、存在感を増していますが、日本では経済学部は文系ぽくて、数学が得意という印象はありません。
しかし、志望大学と志望学部の選択は一生を左右しついて回ります。
就職の選択も一時の気分で決まる。
2番目の大きな分かれ目である、就職については、さらに景気の影響が加わります。
その時の業界や会社の置かれた立場も大きいです。
学生たちは必然的にそのような、風潮、影響を強く受けます。
しかし、その時のちょっとした、選択がその人の一生を、特にお金の面では大きく左右します。
「あなたが選んだことだから」と言われるけれど
それらの選択が、不利だ、間違っていた、と後でわかっても、「あなたが選択したことだから」と、責任者にされます。
しかし、その選択に関して、私たちは果たして「最強の選択」をしているでしょうか?
調べられるだけの情報を集めて、研究し尽くしているでしょうか?
その選択について最善の努力をしているでしょうか?
私はそうではありませんでした。
友達や先生の影響もあります。その時読んだ本や、事件も関係あるかもしれません。
とにかく、その選択は、自分の一生をかけるほどの重みをもってしたわけではないでしょう。
時が経ち、考えも変われば、自分の選択を変更したくなる人が居るのも当然です。
でもそれを変更するには日本の制度は適していません。
学部を替えたり、大学を入りなおしたりする「勇気ある方」も中にはいますが、一般的ではありません。
会社を変えるはより以上のストレスと勇気が必要です。
昨日の記事で、日本の労働慣行は企業側にはメリットがあると書きましたが、それを考慮しても、デメリットの方が大きいことは確かです。
非正規の方が多くの不満を感じるのは、「リカバリーの難しさ」「再チャレンジの門戸の狭さ」が大きいでしょう。
待遇の差は一生続く。
そして、一時の選択の責任は、給料、賞与、退職金、などの現役時ばかりでなく、年金を通じてリタイア後も続きます。
ほとんどの人間は完ぺきではない、判断ミスも起こる。
限られた時期に正しい判断を下せる確率は、とても少ないでしょうから、2回の選択でベストの選択ができる人は少数です。
それ以外の多数の方は、何らかの不満、後悔、自省、の感情を持つことになります。
努力によってリカバリーができる社会に。
自分の適性を見誤ったり、新たな適性を見つけた時、うまくリマッチできれば軌道修正できます。
世界の各地で暮らす日本人を探す番組を見ると、「日本人の、特に女性の方の適応能力の高さに感心します」
日本人の適応能力は十分です。
非正規の問題も「一部に矮小化」せずに、再チャンスができるように変えていくいい機会だと考えます。
将来はきっとAIとかに相談すると、より自分に合った道を示してくれるような気がします。
今日は直接投資と関係ない話で恐縮です。
それでは皆様のよい投資を!
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